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「……せつな」 最初は、幻聴かと思った。 ラブの声。自分の名前を呼ぶ声。ここにはいない筈の、彼女の声。 行かないでと願った心が錯覚した、偽りの声じゃないかと。 「せつな」 二度目の声。 確信する。 違う、幻聴じゃ……無い! 「……!」 慌てて涙を拭い、声のした方 ―先程ラブが去っていった方向―に振り向く。 そこには。 「ラブ……!」 ずっと走ってきた為か、額や首元がうっすらと汗ばみ、 口元に時折白い息を生み出しながら、 それでも、その顔に浮かんでいるの笑顔は、走り出した時と同じく飛び切りのままで。 「せつなぁーーーーーーーーーーーっ!」 そしてその口から三度、名前が呼ばれると同時に。 ラブが、せつなに向かって飛び込んできた。 「ラ、ラブ、ど、どして?」 その体を受け止めながらも、まだ現実が受け入れられずにせつなが戸惑いの声を上げる。 どうしてラブがここに、いや、なんで戻ってきたのか。 「……やっと、会えたよ」 ラブは、せつなの問いかけには答えない。 代わりに、飛びついた時に体に回した手に力を込め、強く、抱きしめる。 その腕の中の存在を確かめるかのように。 「あ……」 抱きしめられている。 たったそれだけの事なのに、それなのに。 込められた力と、触れ合うことで生まれる温もりが、 せつなの悲しい気持ちをあっけなく霧散させる。 (なんて……単純なのかしらね) 自分の心の動きに苦笑しつつも、その事に安堵を覚える。 ああ、私はこんなにも。 こんなにも、ラブの事が好きなんだ、と。 だからこそ、確かめたい。 ラブが何故ここに戻ってきたのかを。 その疑問に込められた想いは、自惚れかもしれない。 聞けば、今のこの温かさを奪われる、そんな残酷な答えが待っているのかもしれない。 でも、それでも、どうしても知りたい。 だからせつなは、口を開く。 拳を握ることで心を励まし、精一杯の勇気を振り絞って。 「ねえラブ、さっき、どうしても会っておきたい人がいるって……」 それでも、言葉は最後まで続けらなかった。 か細くなり、消え行く声。 「ん?」 その声を聞いたラブはうん、と一つ頷きを作る。 「うん、確かにそう言った」 「だったら、なんでここに……?」 「だからね、もう会ってきたんだよ。一人目には。 ラビリンスに行く前に、あたしの気持ちをちゃんと伝えておきたいから」 やっぱりそうか。 ラブは答えを言いに行っていたんだ。 覚悟していた事とはいえ、その事実がせつなの顔を再び曇らせる。 だから、続くラブの言葉も最初は全く耳に入らなかった。 もう充分だ、これ以上は聞きたくない。そう思っていたから。 「『ごめんなさい、あたしには好きな人がいるからって』って、言ってきた」 「……………………………………え」 今、ラブは何て言った? ごめんなさい? 誰に対して?どして? さっき確か一人目って言ってなかった? ということは、まだ会いたい人がいるっていうこと? それが『好きな人』? 頭の中がぐちゃぐちゃになってわけがわからない。 ラブが去っていったと思っていた悲しみ。 戻ってきてくれたという喜び。 告白を断ったという信じられない事実。 他に好きな人がいるという言葉への困惑。 その全てが渦を巻いて纏まらない思考の中で、せつながかろうじて口にした言葉。 「だ……誰のこと?」 それを耳にしたラブは、うん、もう一度頷く。 そして両頬を一度、両手でピシャリと叩いて気合を入れると、 改めて問いかけへの返事を口にする。 優しさと、自分の想いに対する絶対の自信を込めたその飛び切りの笑顔を せつなだけに、向けながら。 「うん、それがあたしが今日、どうしても会っておきたかった人の二人目。 今、あたしの目の前にいる、一番大好きな人のことだよ!」 「……………………………………!」 見開かれるせつなの目。 「ラブ……今、なんて」 「え?だから、せつなに会いに来たんだってば。 こんな時に会っておきたい人って行ったら一番好きな人でしょ、やっぱり。 あたしにとってのそれって、せつなしかいないもん!」 にはは、と笑いながら答えるラブ。 頬がうっすらと紅いところを見ると、照れ隠しの意味もあるのだろう。 「……」 え、だってさっき私に「会っておきたい人がいる」って行ったのに……それが、私? なんで?どうなってるの? でもでも、私の事一番大好きって。 勿論私も一番大好きだけど……って今言いたいのはそういうことじゃなくて。 やだ、今になって心臓がドキドキしてきた、わ、顔も火照ってきてる。 どうしよう、何か言いたいのに全然思いつかない。 先程よりも激しくぐるぐると渦巻く思考に振り回されて、黙ってしまうせつな。 ラブは、そんなせつなの様子に気付いていないのか、照れ笑いをしながら言葉を続ける。 「で、あたしとせつな、家からずっと一緒にいるわけでしょ。 それじゃ「会いに行く」っていうのが出来ないから、 だから二番目にしたっていうのもあったんだけど……」 「え?」 「いやー、ほんとはもっと早く戻ってきて 「会いたかったよ~」ってするつもりだったんだよね。 それが、この辺の道って夜だと街灯が少なくて分り難くてちょっと迷っちゃって! おかげで全力疾走でもこーんなに時間かかっちゃったよ~。 だから、やっとせつなの所に辿りついた時、ちょっと嬉しかったかな、うん」 「……」 「せつな?」 「バカッ!!」 次の瞬間、ドン、という音と共に、ラブの体が突き飛ばされる。 「うわっ、とっ、とっ」 必死で手を回して、倒れそうになる体のバランスを取るラブ。 なんとか身を持ち直すと、せつなの方に向き直る。 「え、せつな、どうしたの、いきなりこんなことして危な……」 言いかけた抗議の言葉が、途中で止まる。 視界に入ったもの、それはキッと目を吊り上げた、せつなの顔。 その瞳の中に篭る感情は、多分。 「あれ?あれれ?せつな、もしかして……怒ってる?」 背筋を流れる冷たい汗が一つ。 せつなを驚かせようと、そして喜ばせようと思ってした事だったのに。 もしかして余計な事だったのか。 どこかでせつなの機嫌を損ねてしまったのか。 ここまでの過程を思い返して、必死で心当たりを探すラブ。 (うわわわ、考えても思い当たるものがないよ、どうしよ、どうしよ) 何度も何度も記憶を巡っても、該当するものが出てこない。 焦りの感情ばかりが先走って、うろたえるばかり。 「え……」 しかし、そんなラブに対するせつなの反応は、予想とは全く異なるもので。 「せつな……?」 せつなの吊り上げられた、目。 怒りの感情を現していると思っていたそこから、ぽろぽろと零れ落ちるもの。 その滴り落ちる雫をの意味を分りかねて、恐る恐る口を開くラブ。 「せ、せつな……泣いてる……の?」 その言葉が言い終わるか言い終わらないかのうちに、 「わわっ!!」 せつなが、ラブに向かって飛び込んできた。 「わっ、わわわっ……とおっ!」 その体を抱きとめたことで、再度バランスを崩しかけるもなんとか堪えきるラブ。 持ち直した所で、その腕の中にいる少女を見る。 その少女―せつなは、ラブの胸に顔を埋めたままで、時折体が小さく震わせている。 そして聞こえてくる、か細く嗚咽の混ざった声。 「……バカ、ラブのバカ、そんな紛らわしいことしないで、もっと早く戻って来てよ。 本当に、人の気も知らないで……ぅぅ……」 「あ、あのさ、あたし、イマイチよくわかってないんだけど……。 もしかして、あたしのしたこと、余計だった? そのせいでせつな、泣いてる? だったら……ごめん」 咄嗟に謝ろうとするラブに、せつなはううん、と首を振る。 「違うの、謝らないで……私、嬉しいんだから」 「え?」 「だってラブが、こんな大事な時に、私に会いたいって言ってくれたんだもの。 それを聞いただけで、私、嬉しくて……涙が、止まらなくて……」 「そんな、大げさだよ、せつな」 「ううん、そんな事無い。 だって私、さっきラブが「どうしても会っておきたい人がいる」って言った時に 覚悟してたから。 ラブには私じゃない、もっと大切な人がいて、 その人に会いに行ったんだって思ってたから。 それなのに、私に会いに来てくれるんだもの。 一番大切だって、言ってくれたんだもの……」 それはつまり。 ラブが、私を選んでくれたということだから。 私とラブが、一緒の幸せをゲットしてもいいんだと、わかったから。 「ぅ……ラブ……ラブぅ……」 再びラブの胸に顔を埋めて、感情のままに泣きじゃくるせつな。 でも今度は、そこにあるのは悲しみではなく、喜びで、 呼び続ける名前も込められた想いも、哀願ではなく、情愛。 「せつな……」 そんなせつなを抱きとめながら、その頭を優しく撫でるラブ。 見つめるその目には、愛情に満ちた光が溢れていたが、 やがてそれが決意のそれに変わる。 (あたし……伝えたい。せつなに、あたしのとっておきの気持ちを) 出会ってから、何度もお互いに想いを伝えてきた。 でもその中で、敢えて一度も口にしなかった言葉がある。 簡単に使っちゃいけない、大切な言葉だと思っていたから。 それを今伝えたい、今だからこそ伝えてあげたい。 二度とせつなが二人の絆に不安を感じることが無いように。 (でも……どうする?) ただ言葉を口にするだけじゃ足りない、そんな気がする。 もっと強く、もっと確実に。 いや、絶対にせつなの心に届く方法、そんなものがあれば。 (……あった) 一つだけ、ある。 それは、少し前の自分だったら、出来なかった事。 お互いの想いに自信が持てなかったら、 何よりも自分の気持ちに自信が持てなかったから。 でも、今なら。 (……よし) 心の中でもう一度、再確認する。 自分の想い、せつなへの想いを。 そして確信する。 大丈夫、問題ない。あたしは、あたしの気持ちを信じられる。 この想いに、迷いは無い。 「せつな」 抱き寄せる腕に、力を込める。 せつなが、いや、二人の顔と顔がもっと近づくようにと。 そして、せつなの両頬をそっと優しく、両手で包み込む。 いつか見たように。親友が、彼女の愛しい人にしていたのを真似るように。 「ラ、ラブ……」 ラブのしようといる事を察して、戸惑いの表情を浮かべるせつな。 でもそれはほんの一瞬のこと。 「うん……」 自分からもラブに近づけ、目を閉じる。 それが、ラブと同じくいつか見た光景に繋がるものだと、知っているから。 一度は望んで、叶わなかったもの。 それが今、叶おうとしているのだから。 引き合うように、互いに求め合うように、唇の距離を縮めていく二人。 そして―。 冬の寒空の下。 夜道に伸びる影が、一つになった時に。 ラブはせつなの、せつなはラブの唇に、自分の唇を重ね合わせていた。 8-752へ
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「ただいま」 「おかえりなさい、あなた」 帰宅した圭太郎をあゆみは玄関で出迎えた。 「いやあ、今日は大変だったよ。 軽快爽快ペット君3号の試供品の問い合わせが多くてさ……」 そこまで言いかけた圭太郎に、 あゆみは口の前に人差し指をあてて、しっ、と一言。 「ごめんなさい、静かにしてあげてね。今やっと寝たところだから」 「?」 首を傾げる圭太郎。 あゆみは、寝室の前まで移動して、音を立てないようにドアをゆっくり開ける。 そして圭太郎を手招きすると、中を指差してみせる。 「どれどれ……おっ」 圭太郎が覗き込んだ先、いつも二人が寝ているベッドに、今日は先客がいた。 ラブとせつな。 彼の娘と、その友人でありこの家の同居人である少女が、すやすやと眠っている。 「二人とも、一体どうしたんだい?」 「今日はどうしても私と一緒に寝たいって言って、聞かないのよ」 圭太郎の問いかけに、あゆみは眉尻を下げて困り顔。 でも、口元に浮かべている笑みが、彼女の感情が拒否では無いとこを示している。 そして、ベッドの上で眠るラブとせつな。 二人の顔に浮かんでいるのは、自らの身を誰かに委ねきった、心からの安らぎの笑顔。 それを見た圭太郎は、ふっ、と一息ついてあゆみに告げる。 「そうか……じゃあ僕は今日は居間で寝ることにするよ」 でも貴方疲れてるんじゃ、と言おうとしたあゆみを圭太郎は右手を前に出して制止。 「流石にあのベットに4人は狭いからね。 それに、今からラブとせっちゃんを起こすのも悪いし。 ……まあ、こういう時に一歩引くのも父親の役割さ、だから気にしないでいいよ」 「……ごめんなさいね」 すまなそうな顔をするあゆみに、大丈夫さ、と笑ってみせる。 「その代わり、晩酌くらいは僕に付き合ってくれるかな。 流石に夕食まで一人っきりっていうのは寂しすぎるからね」 「ええ、喜んで」 おどけたように言う圭太郎に、あゆみは笑顔で答える。 「それにしても、なんだか嬉しそうだね。今日は何か良いことでもあった?」 「ふふふ、わかるかしら?じゃあ、それはお酒の肴の話っていうことで」 「……へえ、君が勿体つけるなんて、よっぽど素敵な話なんだね。こりゃ楽しみだ。 おっと……それじゃあお休み、二人とも」 そして、開かれた時と同じように静かに扉が閉められる。 遠くなっていく足音と共に、静寂の戻る寝室。 ベッドを見ると、ラブとせつなの間に丁度人一人分の空きが出来ている。 その空いたところに、彼女達の手が差し出されていた。 先程まで誰かの手をずっと握り締められていた手。 そしてまたすぐに、握られるであろう手。 それは、今日、彼女達が得たかけがえの無い絆の証だった。
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「……なに………やってんの…?」 祈里はベッドに仰向けたまま、ラブはその下に尻餅を付いたまま嵐の後の凪のような 気だるさに身を任せていた時だった。 突然聞こえた呆然とした声に祈里とラブは飛び上がる。 ドアを開けて立ち尽くしているもう一人の幼馴染み。美希は信じられない物を見た衝撃に端正な顔を引きつらせていた。 思わず跳ね起きた祈里の乱れた胸元に美希の目が見開かれる。 ラブは中途半端に腰を浮かせ、その視線は慌ただしく宙を泳ぐ。 とっさに説得力のある言い訳が出る筈もなく二人は酸欠の金魚よろしく青ざめて口をパクパクさせるだけだった。 「何、やってんのよ…!」 美希のまなじりがつり上がり、握りしめた拳が震える。ゆらりと揺らめく焔が細い体を包んでいる。 「やっ…!違う、違うんだよ!」 「美希ちゃん、わたしが悪いのっ!ラブちゃんは何も…っ!」 「未遂…って言うか!まだ最後まではって言うか…その…」 「ちょっ、ラブちゃん!何言ってるの?!」 「いや、だからね!結局何もおかしな事にはね…」 「……だからっ!何がよっ!!」 震える美希の声にラブと祈里は思わず目を閉じ首を竦める。 叱られる。怒られる。ひょっとしたらひっぱたかれるか拳骨を落とされるか。 じ…っと身を固くし、来るべき衝撃に備えていた二人。 しかし暫くしても覚悟していた痛みはやって来ない。 「………もう…やだ………」 耳を通り抜けた弱々しい声。 訝しさを感じたラブと祈里恐る恐る目を開ける。 「…もお…やだ…。嫌よ。何なの……?何なのよ…これは…。ヤダ…ヤダよ。もうイヤ!……っ!」 ぺたんと座り込み、肩を落とす美希の姿。 さっきまでつり上がっていた目尻が下がり、瞼に膨れた雫が大粒の涙となって零れ落ちる。 両手の甲を瞼を当て、シクシクと泣き始める。 激昂するでも、怒りを抑えるでも無く、体の芯を砕かれてしまったように。 ひっくひっくと胸を上下させ、苛められた幼子のようなか細い声で泣きじゃくる美希。 長い付き合いの中、美希の泣き顔を見るのは初めてではない。 しかし、これは…… ラブと祈里は言葉が出ない。 心を折ってへたり込んでしまった美希なんて見た事が無かったから。 そして美希にそんな姿を晒させてしまったのは自分達の考え無しな行動なのだ。 怒鳴られて叩き倒された方が遥かにマシだった。 「…美希……」 「…美希ちゃん………」 声も掛けられず、触れる事も出来ずにおろおろと狼狽えるしかなかった二人はやっとの思いで名前を呼ぶ。 ピクリと美希の肩の震えが止まり、緩んでいた唇がきゅっと引き締まった。 涙を拭い、長く息をつく美希をただ身動ぎもせずに待っているしかなかった。 「………帰る。」 抑揚の無い口調でぼそっと呟くと美希はそのまま部屋を出て行こうとした。 「あっ…!待って、待ってよ美希たんっ、話聞いて!それに…せつなにはこの事は…」 言わないで欲しい。 そう懇願しながら腕を掴んで来たラブを美希は汚ない物に触れたかのように邪険に振り払った。 その瞬間の美希の瞳に宿った色。 幼馴染みの視線に滲む隠す気すらない冷えた侮蔑。 ラブはその視線に心臓を射抜かれ、よろめきながら後退る。 「せつなに言うな、ですって?馬鹿にしないでくれる?」 それに何を話すって言うのよ。 吐き捨てるように美希は言葉を投げつける。 「それはこっちの台詞よ。あんた達こそ分かってるの?言える訳ないじゃない!」 「…それは、そうだよ。言えないよ、こんなの。」 「ごめんなさい、美希ちゃん。わたし、これ以上せつなちゃんを傷付けたりは…」 項垂れる二人を見る美希の瞳はますます温度を下げて行った。 形良い唇を皮肉な角度に捻り、視線と同じくらい冷たい声を放つ。 「どうだかね。分かりゃしないわよ。あんた達にまともな判断力なんて残ってんの?」 ついさっきまでの痛々しい様子をかなぐり捨てた美希は女王の傲慢さを覗かせながら 棘の絡まる言葉を紡ぐ。 「いいじゃない。全部ぶちまけなさいよ。せつななら赦してくれるでしょ?」 「美希たん…っ!」 「どうせ黙ってなんかいられないわよ。罪悪感に耐えられずに。 どうにもならない事を我慢する気なんて最初からないんでしょ?」 ふん。と、顎を上げ祈里の姿をねめつける。 慌ててはだけた襟元を掻き合わせる祈里に軽く舌打ちさえしてみせた。 「あんた達はもう分かってんのよ。分かって甘えてる。せつなには何をしても良いと思ってんのよ。」 「そんな、美希ちゃん…。」 「違う!そんな事って…っ!」 「違わないわよ。」 せつなはどんなに痛め付けられても逃げなかった。 どんなに手酷く裏切っても赦してくれた。 だからせつなには何をしても大丈夫。せつなは四人でいる事を望んでる。 だから… 「せつなは赦してくれるわよ。自分が傷付くのには呆れるくらい無頓着なんだもの。」 でもアタシは許さないから。 「これ以上せつなに荷物を背負わせるような真似、しないわよね。」 あんた達が何考えてこんな真似してるかなんて聞きたくもないわ。 ただ、秘密にするならそれは墓場まで持って行きなさい。 お願いだからもうこれ以上失望させないで。 そんな呟きをため息と共に美希は置いて言った。 ドアが閉まり、階段を降りて行く音がする。 ラブと祈里の胸には美希の瞳と声が深く食い込み、爪を立てている。 それは血管を通して全身に巡り、体の内側から自分達の愚かさを責め立てているのを感じた。 「………どうしよう……わたし、どうしたら……」 祈里は唇まで色を無くし全身を戦慄かせていた。ラブは頭を掻き毟り、血の滲むほど爪を立てる。 「どうしようもないね……あたし達。」 「……うん…。」 「馬鹿過ぎる。あり得ないくらい、馬鹿……。」 「…ラブちゃんの所為じゃない…。」 「あああ、もうっ…!」 ラブは床に突っ伏し、額を擦り付ける。どうしてこんなに頭が悪いのか。 どうしようもない。馬鹿。あり得ない。そんな軽い言葉しか出て来ない。 違うのだ。美希に見せてしまった光景はそんな紙のように薄っぺらい言葉で表すべきじゃない。 美希のか細い泣き声が耳にこびり付いている。瞼の裏に涙を溜めた瞳がちらつく。 自分達の行為が食い荒らした美希の心。 ラブと祈里の居場所は美希の居場所でもある。 自分達の感情だけでめちゃめちゃに踏み荒らしていい訳があるはずない。 美希がどれほどその居場所を愛し、守ろうとしていたか。 ずっと見て来たのに。 美希が必死に繋ぎ止めていてくれてたのに。 四人がバラバラにならないように。 祈里が輪の中に居続けられるように。 ラブとせつなが安心して手を繋いでいられるように。 それなのに。 目の前に突き付けられるまで自覚していなかった。 美希を軽んじていた事に。 み-305へ
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布が擦れる音で、 目を覚ました。 まだ、寝付いてから そんなに時間が経っていない。 薄目を開ける。 人の影。 「ーーーっ!」 声を上げそうになるが、 次の瞬間、見慣れた顔が見えた。 せつなちゃん。 机の上に、貸していた本を 置いている。 確かに、せつなちゃんは 今日中に返すって言ってたけど、 わざわざ、アカルンで来なくても。 せつなちゃんが、 こっちを見た。 私は、あわてて 寝たふりをした。 「ブッキー...寝ちゃった?」 答えなかった。 せっかく、こっそり 返しにきてくれたんだから。 気づかないふり。 せつなちゃんの気配が、 近づいてくる。 いつもと違う、少し荒い息。 どうしたの...? せつなちゃんの息が、 近くなった。 唇にふれる、 やわらかい感触。 えっ...? してる...の? 抵抗できなかった。 するはずも、なかった。 だって、私もせつなちゃんと ずっと、したかったから。 パジャマのボタンが、 そっと外される。 前を、はだけられた。 せつなちゃんに 見られている。 「きれい...」 せつなちゃんが息を漏らし、 私の胸に、触れてきた。 しっとりとした指が、 私の胸を撫でる。 撫でていた指に、だんだんと力が入り 手のひら全体で、やわやわと揉まれる。 せつなちゃんの手のひらの中で 先端が、みるみる尖る。 口に含まれ、 舌で転がされる。 寝たふりを、続けた。 起きたら、せつなちゃんは すぐに、やめてしまうだろう。 体中を、甘い刺激が 駆けめぐっている。 動けない分、感度が 増しているみたい。 パジャマのズボンと、 下着をゆっくりと降ろされる。 すっかりあふれてしまったそこに、 せつなちゃんの唇が押しつけられる。 びくんと、体が跳ねる。 私の蜜が、ゆっくりと かき回され、音をたてる。 声が、漏れそうになる。 体が、乗ってくる気配があり、 別の音が、近づいてきた。 薄く、目を開く。 せつなちゃんのが、 目の前にあった。 自分の指で、弄っている。 蜜が跳ね、しずくが 私の首すじに落ちている。 せつなちゃんも、 して欲しいの...? せつなちゃんの、荒い息。 かき回される、私の中。 高まる気持ち。 もう、我慢できない。 両手で、せつなちゃんの お尻を抱え込んだ。 「ひゃっ...!」 思いきり、貪り付く。 「ブッキー!ごめん!ごめんなさい!私つい...!」 すでに大きく膨れているつぼみを、 舌ではじく。 「ごめんなさい!ごめ...あっ!ああん!」 あっという間に、せつなちゃんの腰が 激しく跳ねた。 あふれ出した蜜を、 舌ですくい取る。 せつなちゃんの、味。 そのまま、続けた。 「まって!今されると...ああっ!」 せつなちゃんの腰が、 立て続けに跳ね回る。 腰を抱え込んだまま、 何度も、続けた。 荒い息が、響いている。 ぐったりと横たわったせつなちゃんは まだ小刻みに痙攣している。 「せつなちゃん、かわいい...」 お尻から、背中にかけて 舌を這わせる。 それだけで、何度も体が跳ねる。 「もっと...する?」 返事は、無かった。 後ろから手を回し、 せつなちゃんの胸を包む。 うっすらと汗ばんだふくらみが 手の中で踊る。 先端を、軽くつまむ。 「ふうぅっ!」 せつなちゃんの体が、 また激しく跳ねた。 「ねぇ...もっと、する?」 「何度も...うなずいてるわ...」 せつなちゃんを仰向けにし、 上から向かい合う。 真っ赤に紅潮したほお。 たっぷりと、うるんだ瞳。 艶めかしく、開いた唇。 尖った先端どうしが擦れる。 せつなちゃんが眉間にしわを寄せ、 甘い声を漏らす。 そのまま、のしかかる。 お互いの先端を飲み込むように、 ふたりの膨らみが密着し、形を変える。 唇を重ね、舌で戯れる。 せつなちゃんが、うっとりとした 表情で、喉を鳴らす。 「もっと...しよっか?」 こくんと、せつなちゃんがうなずく。 せつなちゃんの両手が、 私の首に回される。 長い夜に、なりそう。
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わたしは雨が好きだ。ものごころついた時にはもう好きだった。 どの季節に降るものも好きだったが、中でも、ひと雨ごとに秋が深まり冬が近づくこの季節の雨が一番好きだった。 雨で思い浮かぶことはたくさんあるけれど、幾度となく思い返してしまう出来事がある。 あれはそう、こんな風に雨がしとしと降っていた日のこと。まだランドセルを背負っていた頃の……。 学校の帰り道の途中に、原っぱがある。そこを通り過ぎようとすると、ふいに猫が近寄って来た。 近所で飼われている子だった。診察にも何度か来たことがあったから、わたしを覚えてくれてたみたい。 なーお、と小さく鳴いて、わたしの足元に頭を擦り寄せる。首筋を撫でるとごろごろと目を細める。 あんまり可愛くて、つい夢中になって遊んでしまい、気づいたらだいぶ時間が経っていた。 ふいに、音もなく降り出した雨が頬を濡らした。 いけない、帰らなきゃ。わたしは猫ちゃんにさよならして、走り出した。傘を持って来なかったから。 わたしは雨は好きだけど、濡れるのはごめんだ。いったん風邪を引くと長引く体質もあったから、できれば濡れたくはなかった。 ランドセルが重くて走るのが辛くなった頃、駄菓子屋の前を通り掛かった。おばあちゃんの許可を得て、しばらく雨宿りさせてもらうことにした。 夕立ちはだんだん強くなり、本降りになってゆく。 「やみそうもないね。お母さんに電話するかい?あんた、動物病院の子だろ?」 「おばあちゃん、ありがとう」 駄菓子屋のおばあちゃんとそんなやり取りをしているわたしに、店の外から誰かが話し掛けて来た。 「「いのりちゃん!」」 幼なじみのらぶちゃんとみきちゃんだ。 らぶちゃんは桃色の傘に桃色の雨合羽という出で立ち。対象的に、みきちゃんは上から下まで蒼で統一している。 何故か二人とも、目を丸くしてわたしを見ていた。 「らぶちゃん、みきちゃん、今帰り?」 「そんなわけないでしょ!?」 「そうだよ、どこ行ってたの? 尚子おばさん探してるよ!」 「あ……」 お母さんがわたしを探している。それを聞いて、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。 「あたし達、尚子おばさんに頼まれたの。ねー? みきちゃん」 「うん、いのりちゃんが帰って来ないから一緒に探してって」 涙があふれて来る。 「おばあちゃん、どうしよう……」 「しょうがないね、あたしが電話しといてやるから、友達の傘に入れてもらって早く帰んな」 「はい、ありがとう、ごめんなさい」 店を出ようとするわたしに、二人が傘を差し掛けようとする。 「いのりちゃん、あたしの傘にどうぞ!」 「らぶ、何言ってんの。入るならアタシの傘でしょ」 「えっと……」 わたしはどちらの傘に入ればいいかわからなくなり、困ってしまった。 「はいはい、じゃあこれでどうだい? これなら皆で入れるだろ。雨合羽のないお嬢ちゃんが真ん中だよ。返すのはいつでもいいからね」 後ろから大きな傘が差し掛けられた。駄菓子屋のおばあちゃんの黒い傘だった。 「本当にありがとう、おばあちゃん」 真ん中に傘の柄を持つわたし。右隣りに、閉じた桃色の傘を持ったらぶちゃん。 左隣りのみきちゃんは、閉じた蒼い傘をバッグを持つように手首に下げている。 おばあちゃんの傘は少し重かったけれど、おかげで3人仲良く雨の中を帰ることができたんだ。 ぎゅうぎゅう肩を寄せ合いながらの帰り道は、狭かったのに何故か楽しくてたまらなかった。 お母さんにもちゃんと謝れたのは、らぶちゃんとみきちゃんが見ていたからかもしれない。 「おばさん許してくれて良かったね、いのりちゃん!」 「うん、ありがとう」 「また明日ね」 「うん、またね」 わたしのせいで遅くなったふたりを、お父さんが送って行くことになった。 「また明日、学校でねー」 桃色と蒼色の傘が曲がり角を過ぎて見えなくなるまで、わたしはずーっと手を振り続けていた。 「そんなことがあったの……。だからブッキーは雨が好きなのね」 「やっぱりせつなちゃんもそう思う?」 「ええ、思うわ」 木陰で本を読んでいて急に夕立に降られたわたしは、雨宿りしながら止むのを待っていた。 そこを偶然通り掛かったせつなちゃんが、傘のないわたしを見つけて自分の赤い傘に入れてくれ、今こうして並んで歩いている。ちょっとだけ昔の思い出話をしながら。 「小さい頃の三人に、会って見たかったな」 ぽつり、とせつなちゃんがつぶやいた。 寂しそうな横顔に何も言えず、わたしは黙ったまま、せつなちゃんの傘の柄を持つ腕に自分のそれを絡め、そっと力を込めた。 ――――せつなちゃんのそばには、今のわたし達がいるよ―――― 黙って歩くふたりの頭上では、真っ赤な傘の表面を滑りながら雨が踊る。踊りながら雨は、ぽんぽろろん、と歌い続ける。 ふいに、せつなちゃんの歩みが止まった。わたしはせつなちゃんの顔を見る。 せつなちゃんは、わたしを見つめてひとこと、こう言った。 「ありがとう、ブッキー。――――そばにいてくれて」 わたしはやっぱり何も言えず、かぶりを振る。何も言えないけれど、何も出来ないけれど、わたし達はこうして寄り添える。 こんな雨の中でも、曇った日でも、晴天の陽光の下でも。戦いのさなかですら。 だから、今はもう、寂しくないよね……。 わたしと組む腕に、返事をするように、せつなちゃんがぐっと力を込めた。 肌寒いはずの11月の夕暮れの中を、ぽかぽかの温もりに包まれながら家路をたどるふたりに、雨は優しい音色を与え続けてくれていた。
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イルミネーションが恋人たちを招き入れる。 光り輝き、白い息が夜空に吸い込まれる。 今日は特別な日。待ち焦がれた日。 どんなお洋服を着てきてくれるのかな? どこへ連れてってくれるのかな? こうやって待ってる間もわたしの心は弾んで。 「るんるん」 思わず口にしちゃう。そんなわたしの唇にリップクリーム。 落ち着かなきゃ。どきどきしてるわたしの胸を、心を、そっと手で押さえて。 ―――ふぅ 深呼吸。吸い込む空気は冷たくて、ちょっと辛い。今年の冬は気温の差が激しい。 夜になればぐっと冷え込んで。早くあたたまりたいな…。それが今のわたし。 腕時計。 もう何回見ちゃってるのかな。早く会いたい。 「うん!アタシ超カンペキっ!」 煌びやかな町並みにも屈しない美貌。ショーウインドウに映る彼女は宝石のよう。 その輝きの行く先は愛する妖精の元へと導かれ。 今日だけは仕事を入れなかった。何があっても必ず会おうと。 去年出来なかった約束。二人だけの時間を。大切な日に貴方と―――。 自然と早足になってる自分が少しおかしくて。チョット子供かな? 家を出る時は凄く寒く感じたのに。今はなんだかぽっかぽか。 着込んだせいかって?正解~。 (ホントは違うけど…ネ、くすっ) 歩道にはブルーのLEDが飾られていて。アタシ色。何だかお祝いされてるみたいで。 あ、でもアタシがデコったらここにイエローもつけちゃうかな。 握られた右手の中には小さい箱。渡せなかったから今年こそは。 ヨシっ――― 乙女の気合。蒼き流星、いざ参らん。 天使の女神像の前で待ち合わせ。 今年は二人きりで聖夜を共に。あなただけを――― 心と心が繋がる瞬間、灯火は幸福へといざなう。 〝Happy Christmas〟 ~END~
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美しかった紅葉も、その多くは散り、落ち葉を攫う風の冷たさが身に染みる。 空も、どことなく薄暗くて――街から色彩が失われる季節。 それを跳ね除けようとでもいうのだろうか、商店街は赤を基調とした華やかな装飾を纏う。 外路地にはイルミネーションの明かりが灯り、民家にはクリスマスリースやポインセチアの花が飾られる。 そんなお祭りムードに乗せられて、カオルちゃんのドーナツカフェでテーブルを囲む四人。ラブは調子に乗って、デタラメな歌を口ずさむ。 今夜はイブで、明日はクリスマスだ。昨年はラビリンスとの戦いのため、みんなで祝うことができなかった。 そこで、「今年こそは!」と、兼ねてより計画していた、クリスマスパーティーの最終打ち合わせを行っていたのだった。 「真っ赤なお尻の、トナカイさんは~♪」 「ちょっと、ラブったら、それじゃおサルさんでしょ? お鼻よ」 「あははっ、そうだっけ?」 「まったく、せつなに教わってどうするのよ……」 「ラブちゃんらしい。でも、本物のトナカイさんのお鼻は黒いのよ」 祈里も楽しそうに笑い、いかにも獣医の卵らしい解説を付け加える。 「それじゃ、どうして歌では赤いことになってるの?」 「それがよくわかってないの。ただ、そのトナカイさんは、赤い鼻のせいで仲間外れにされてたんだって」 「ひど~い! そんなのあんまりだよっ!」 せつなが不思議そうな顔で質問する。彼女がこの世界に来て、一年と半年が過ぎようとしていた。これでも随分と一般常識を身に付けたのだが、祈里の知識には及ぶべくもない。 祈里が伝承を思い出しながら続きを話そうとすると、興奮したラブが身を乗り出して抗議してきた。 「落ち着いてラブちゃん、あくまで言い伝えだから。でも、その子の鼻が明かりになるからって、サンタさんに誘われたそうよ」 「最後は、幸せになれたのね? 良かった」 「それでサンタさんの服も赤いのかしら? 赤と言えばせつなの色。幸せの色って感じよね!」 「美希たん、いいこと言う!」 どんな話題になっても、廻り回って、せつなを気遣う言葉になる。彼女は苦笑しつつも、そんなみんなの気持ちを嬉しく感じていた。 今回のパーティーだって、クリスマスを初めて祝う、せつなのために企画されたものに違いなかった。 『たいへん! せつなが消えちゃった!? ~子供の頃のクリスマス~(起の章)』 「あ~、でも楽しみだなぁ~。せつなは、サンタさんに何をお願いするの?」 「えっ? サンタさんにお願いって?」 「ちょっと、ラブ!」 「ラブちゃん!」 突然、とんでもないことを言い出すラブに、せつなはキョトンとして聞き返す。 美希と祈里もビックリしていたが、ラブはそしらぬ顔で続ける。 「クリスマスにはサンタさんがやってきて、プレゼントをくれるんだよ」 「それは、本当はお父さんやお母さんの扮装なんでしょ? この世界の風習なのよね」 せつなは大真面目で答える。クリスマスプレゼントは、子供たちが一年で一番楽しみにしているイベントだ。 いわば大いなる幸せであり、興味が無いはずがなかった。 「あっちゃー、やっぱり知ってたか……」 「当然でしょ? 子供じゃないんだから」 せつなの返事に、ラブはあからさまにガッカリした表情を浮かべる。 「そうかなぁ~、あたしなんて一昨年まで信じてたのに」 「ラブ、さすがにそれは……」 「そんな人いないと思う……」 呆れ顔の美希と祈里は、せつなと顔を見合わせて一斉に吹き出す。「え~っ」と不満そうにしていたラブも、すぐに一緒になって笑った。 もし、せつなが信じてくれたら、自分がサンタになってプレゼントする気だったんだろう。 「でも、どうしていつかバレるのに、サンタのフリなんてするのかしら?」 「そりゃあ、子供の喜ぶ顔が見たいからじゃ……」 「そうだけど、そのままご両親が渡しても、同じように喜ぶと思って」 せつなの素朴な疑問に、美希が自信なさそうに答える。そんなこと、考えたこともなかったからだ。 彼女は、それでも納得がいかない様子だった。わざわざプレゼントを渡すのに、他人に、しかも架空の人物に成りすます理由がわからない。 「夢を持って欲しいからじゃないかなぁ?」 「子供がサンタクロースを信じたら、何かいい事でもあるの?」 「いい子しかプレゼントをもらえないって話だし、、躾の一環なのかしら? でも、そんな風に考えたくないわね……」 「あたしね、それ、一昨年にお父さんに聞いたことがあるんだ」 それは、ラブが中学一年生の時の、クリスマス・イブの夜だった。 中学校に入って、ラブも女の子の自覚が出てきたのか、部屋に鍵をかけて寝るようになっていた。 コッソリ忍び込もうとした圭太郎は、扉から入るのを諦めて、ベランダから窓を外して侵入を試みた。上手く外せたものの、外から冷たい風が吹き込んで―― 「それで目を覚ましたラブは、本物のサンタだと思い込んで抱きついて、おじさんのカツラが外れたというわけね」 「オチまであるなんて……」 美希と祈里が、その時の様子を想像してクスクスと笑い出す。せつなはその後のことが気になるのか、黙って聞いていた。 「うん。それでショックだったのもあって、どうしてそんなことをするのか、お父さんに聞いたの」 「なんて言ってたの?」 せつなは気になって、ラブに話の続きを催促する。ラブは頷いて、圭太郎の言葉を思い出す。 プレゼントを手に入れるためには、お金を払って購入する必要がある。だから普通は親が用意する。だけど、親が子を愛して贈り物をするのは当然のこと。 家族でもなく、友達でもない他人が、プレゼントを贈ってくれる。そんな、無償の愛が世の中にはあることを、信じて育って欲しいからだと。 いつかは、必ずバレる時が来る。だけど―― 「不思議な出来事や、無償の愛を信じた子は、きっと優しい子に育つ、か。おじさん、いいこと言うわね」 「確かにラブちゃん、人一倍優しいよね」 「ラブだけじゃないわ」 「「「えっ?」」」 「そうやって、たくさんの愛情に包まれて育つから、この街の人はみんな優しいのね。その頃の私は、他人を出し抜いて、メビウス様に認められることだけを考えていたわ」 「せつな……」 胸の内を晒すように、せつなは寂しそうにつぶやいた。 さっき聞いた、赤い鼻のトナカイのことを思い出す。周囲と違う存在は、仲間として受け入れられない。それは、トナカイも人間も同じだろう。 もちろん、ラブたちが自分を仲間外れにすることはないだろう。だけど、トナカイがサンタクロースの側に新しい居場所を見つけたように、自分にも、他に相応しい居場所があるのかもしれないと。 いつの間にか、みんなの表情が曇っているのに気が付いて、せつなは慌てて笑顔を作る。 元よりそんな過去は承知で、だからこそ、これまでの分まで楽しんでもらおうと、企画してくれたクリスマスパーティーではないか……。 迂闊な発言を後悔して、せつなは、なんとか他の話題に切り替えようと頭をひねる。 そんな重い空気を、横から会話に割り込んできた大男が吹き飛ばした。 「そういうことなら、うってつけの物があるぞ?」 「うっ……ウエスター!?」 金色の髪を持つ、筋肉質で大柄な体格の美青年。一年前にラビリンスに帰還した、ここには居るはずのない人物。 それは――ウエスターのもう一つの姿、西隼人であった。 「いつ、この街に来ていたの? もしかして、ラビリンスに何かあったの!?」 せつなは、ウエスターとサウラーの厚意で、彼らにラビリンスのことを任せて四つ葉町に帰ってきている。 もし、不測の事態が起これば、彼女もイースとして故郷に戻らねばならない立場にあった。 「そうじゃない。実はサウラーに用事を頼まれてな、種子島まで行ってきたんだ。今はその帰りだ」 「そんなところに、何があるの?」 美希が不審に思って尋ねる。放蕩癖のある彼だが、その真剣な表情を見れば、バカンスに行ってたわけじゃないことはわかる。 ウエスターは、手にした水槽を見せた。そこには一体の、直径一センチほどの小さなクラゲが入っていた。 「可愛いっ!」 「可愛くないっ!」 「で、このクラゲがなんだっていうの?」 祈里のつぶやきに激しくツッコミながら、美希が気持ち悪そうに尋ねる。 タコに限らず、この手の軟体生物は得意ではない。 「こいつはベニクラゲと言ってな、全パラレルで唯一、『不老不死』の能力を持つ生き物なんだ。こいつを研究して不老――とまでは行かんが、長寿の薬を作ろうとしているらしい」 「感心しないわね、ウエスター。サウラーが言い出したの? そんな命をいじる研究より、もっと学ばなければならないことがあるはずよ!」 「そう言うな。やっとラビリンスが解放されたんだ。なのに、先の短い老人はあまりにも気の毒だろう? 際限なく使うつもりはない」 危険な研究かと警戒するせつなに、ウエスターはそこまでの効力は無いと説明する。 人間とクラゲでは、遺伝子の塩基配列が違いすぎる。よほど上手くいっても、十年か二十年、寿命を延ばせるだけらしい。もちろん、失敗すればただの美容薬だ。 「ねえねえ、それで、さっき隼人さんが言ってた、うってつけの物ってのは?」 「フフフ、それはな――こうするのだっ!」 “スイッチ・オーバー” 「ホホエミーナ! 我に力を!」 “ホホエミーナ~! ニッコニコ~!” いきなり西隼人がスイッチオーバーを行うと、懐から黄色いダイヤを取り出して、水槽に突き刺した。 出現する――超巨大クラゲ。ニコニコと明るく笑っているのが、余計に不気味であった。 カオルちゃんのお店のお客さんはもちろん、広場にいた住人たちも慌てて逃げまどう。「困るのよね~」と、カオルちゃんは冷静にボヤいていた。 「ホホエミーナ、やれ!」 「ニッコニコ~」 ホホエミーナは、せつなを触手で捕らえて自分の方に引き寄せる。彼女も抵抗しようとするが、生身でどうにかなる相手でもない。 ラブたちは、とっさに腰のリンクルンを探る。――が、今の彼女たちが持つのは、普通の携帯電話だった。 リンクルンは、タルトがスウィーツ王国に持ち帰っていたのだった。 「クッ、ウエスター! あなた、どういうつもり!?」 「なに、子供に戻りたいみたいだったからな、協力してやろうというのだ。心配するな、取って食おうってわけじゃない」 ホホエミーナの触手の先が、せつなに向けられる。ほんの一瞬、チクリとした痛みが腕に走った。 それを見届けて、ウエスターはホホエミーナを元の姿に戻した。 「痛っ! 何をしたの? ウエスター!」 「さあな? 後のお楽しみだ。俺からのクリスマスプレゼントだと思ってくれ」 「ふざけないでっ!」 怒りの形相で睨むせつなを、ウエスターは気にした風もなく受け流す。 そして、背を向けて立ち去った。 「一体、なんだったの?」 「さあ……」 「まあ被害は無くて、良かった……よね?」 ラブ、美希、祈里が、離れて行く彼の後ろ姿を、ポカンと眺めながらつぶやく。 せつなの顔色が良くないように見えたので、四人はパーティーの打ち合わせを中断して家に帰ることにした。 コポコポとポットが沸騰する。ラブは温めたティーカップに、数種類の葉っぱを入れて湯を注いでいく。 以前、美希からもらったハーブティーセット。普段はあまり口にしないのだが―― (せつな、大丈夫かなぁ? まさか隼人さんが、酷いことするとは思えないけど……) あの後、せつなは気分が優れないからと、部屋に篭ってしまっていた。 もっとも、ウエスターの行動は不可解だったが、せつなに危害を加えたと思っているわけではない。 以前の彼ならともかく、今は、共にメビウスと戦った仲間である。それに、せつなの気持ちに配慮して、四つ葉町に帰してくれた恩人でもあった。 コンコンと、ラブは控え目にせつなの部屋のドアを叩く。 しかし、返事は無かった。 「せつな、ハーブティーを淹れてきたの。気分がスッキリするんだって」 カチャリ、とドアが少しだけ開かれる。しかし、せつなが顔を見せることはなかった。 「せつな、どうしたの? 具合悪いの?」 明らかに様子がおかしい。ラブは不安を感じて、もう一度問いかける。 「うるさいっ! 入れ!」 「えっ? ……」 聞こえてきたのは、確かにせつなの声。でも、口調がどう考えてもおかしかった。これでは、まるで―― それに、なんだか子供っぽい、かんだかい声にも聞こえた。 ラブは大きく深呼吸して、せつなの部屋に足を踏み入れる。 ドアの先に居たのは、つややかな黒髪と、真っ白な肌の、可愛らしい小さな少女。 いや、顔立ちは整っているが、可愛くはないかもしれない。鋭い目付きでラブを値踏みするように見つめる、幼い子の姿があった。 「あの……せつなは? それに、あなたは一体?」 「せつな、だと? そんな者はここにはいない!」 なんだか、前に、どこかで聞いたことのあるセリフだな……と思いつつも、ラブは少女の次の言葉を待つ。 「わが名はイース。ラビリンス総統、メビウスさまのしもべだ!」 小学生だとしたら、きっと低学年だろう。 幼い女の子は、精一杯の威厳を見せようと、大きく胸を張って左手を伸ばす。 それは、可愛らしくも滑稽な動きだった。大抵の者が見れば、「かわいぃ~」と抱き付きたくなるくらいに愛らしい姿だった。 しかし、当のラブにそんな余裕は無かった。 ガチャンとティーカップを落とし、零れた中身はカーペットに染み込んでいく。 少女の顔立ちに宿る、確かな面影。そして何より、見覚えのある、大きすぎて裾の余ったぶかぶかのお洋服。 その女の子は……確かにラブの親友で、仲間で、家族でもある、“東せつな”その人であった。 新2-431へ
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ラブ 「うおお…せつなについてかないとー」 美希 「ブッキーこないなんて…楽しみにしてたのに」 祈里 「うう…ラブちゃんと会いたかった…。」 せつな「ブッキーと買い物なんて楽しみだわ…」
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ザクザクザクザク…… くちゅん 寒い。 朝早くから庭でスコップ片手に雪をすくう私を、ウエスターとサウラーは興味深げに見ていた。 クリスマスとはこの世界では一大イベントらしい。 「イース、メリークリスマス!!」 来るとは思っていたがまさか真っ赤な服装で現れるとは予想外だった。美希サンタだよ、といわれようやくサンタクロースの衣装をモチーフにしたものだと理解した時には、反応の悪い私に対して彼女は少しむくれていた。 胸元は開いていて、白く長い脚など8割以上肌をさらしていて……サンタクロースすらつい最近まで知らなかった私にわかれという方が難しい。 「クリスマスイベントの仕事でこんな時間になってごめんね」 「別に待ってないわ」 「そうよね。寂しかったよね」 私の皮肉など慣れたのかスルーしまくる美希を部屋に招き入れると、ケーキ持ってきたからとスタスタとキッチンへ向かう。 ナイフを出したり、皿を用意したり今では彼女の方が私よりこの家のことが詳しいのではないかと思えるほど手際がいい。 私はやることもないので大人しくリビングに行きソファーに座った。 イースのことが好きなの、付き合ってくれませんか。 美希に告白された時のことを私は今でも覚えている。 私の記憶が正しければ 嫌だ。お前のことなんか私は嫌いだ。 そう返した。 私が睨みつけると彼女はわかったと言って私を抱きしめた。 そして今に至る。 どう考えてもおかしい……。 私の理解する限り恋人とはお互い好きで初めて成り立つ関係ではないのか。 「お待たせー。食べよ」 私の考えは美希が白いケーキを目の前に出したことで中断された。フォークで刺してもふわりとした感触が伝わってきて、なぜか少し嬉しい。 「あーんして」 彼女のフォークの上のケーキを私は黙って口に入れる。甘い味が口に広がり、咀嚼している時彼女を見ると目を細めて微笑んでいた。 美希は綺麗な指でケーキに乗っていた苺を持つと、ヘタを取り半分ほど唇で挟んだ。 彼女が目を閉じたのを確認して、私は頬に手をそえ顔を近づける。 「ん……」 唇が触れない程度の所で歯をたてるとぐちゅっと苺が潰れ汁が滴る。苺は噛み切らず今度は深く唇ごと貪りつく。 苺の香りが鼻につき、甘ったるさが増す。 唾液と苺が混ざり合いお互いを行き来して、口の中の存在が相手の舌だけになったとき、どちらからともなく口を離した。 美味しかった?と目で訴える彼女にもう一度キスをすることでこたえる。 二人を纏う空気が濃厚なものに変わり、私と美希は自然と私の部屋へ向かった。 ベットへ押し倒すと、欲望に濡れる蒼い瞳を隠そうともせず私を見る。 「相変わらず殺風景な部屋よね」 「寝るためだけのような場所だから」 白い肌に舌を這わせようとしたとき、色のつながりであることを思い出した私はぴたりと動きを止めた。 美希の非難を背中に受け部屋を出る。 まったく……これを忘れたらあの努力が水の泡だ。 戻ってきた私をジト目で見る美希だったが、私の手の上のモノを見てぱあっと顔を輝かせた。 「雪だるま!作ったのコレ?」 予想以上に喜ぶ彼女を見て自然と私の頬も緩む。 外で待たせていたのでふて腐れているかと思ったが、雪だるまは朝と変わらず美希の手におさまった。 本で見た絵を参考に、お菓子や枝で装飾した手のひらサイズの粗末なモノだがそれでもありがとう!うれしい!と美希は喜んでくれた。 「かわいい。でもこの部屋だと溶けちゃわない?」 「いいのよ。クリスマス用だから」 美希が雪だるまをベットサイドに置いたのと同時に私は後ろから抱きしめた。 ふわりと彼女の匂いに包まれ目を閉じる。 「あたしのこと好き?」 「……嫌い」 「そう、あたしも好きよ」 くすくすと笑い声が聞こえ、なぜか恥ずかしくなったので彼女の耳を甘噛みするとこつんと頭をぶつけられた。 私の手が彼女の服にかかり二人でベットに倒れ込む。 私は馬鹿だと思うがこんな私を好きな彼女は更に上をいく馬鹿だと思う。 好きだといってくれなくてもいい、あたしのことを信じてくれたらそれだけで嬉しい。 初めて身体を重ねた時そんなことを言われた。 欲に流され、意識が途切れそうになる瞬間私が強く握りしめたのは、シーツではなく彼女の細い指だった。 「なーに考えてるの」 「なんでもないわ」 私がそうとこたえるとむすっとなって、頬っぺたをむにーと引っ張られた。 「痛いわよ、離して」 「好きって言ってくれたら」 「言わなくてもいいんでしょう?」 それはそうだが言われたら嬉しいよと美希は抗議してくる。 駄々をこねる子供みたいだと微笑ましくなった。普段全てを見透かしているかのように大人っぽい彼女が見せる一面。蒼い髪をぐしゃぐしゃ掻き混ぜるとお返しとばかりに肩に噛みつかれた。 「いいわよ。この関係でも満足してるし……もし、イースに好きな人ができたら、あたしは諦めるし……」 震えながら言う彼女は私より身長も高いはずなのにとても小さく思えた。 「……ずるいことしてるのはわかってるから」 「そうでもないんじゃない」 「え?」 美希の続くはずだった言葉は私の口に吸い込まれた。 ――――――――― 「これって……?」 シャツ一枚でも美希が震えていないのは、この部屋がエアコンと情事の後の熱気で暖かいから。 熱にさらされた雪だるまは今や溶けて、液体と小さく透明な袋だけを残している。 美希は袋を手にすると中に入っていたネックレスと白い紙を取り出した。 「ネックレスだけど……指輪?」「クリスマスプレゼント。今はまだ首につけていて欲しいの」 トパーズがはめ込まれたそれを美希の首にかけると、彼女は頬を染めて微笑んだ。 「ねぇイース、知ってる?トパーズは幸福、希望って意味があるのよ」 教えてもらった石の意味を聞いて、あの時直感で買ったのは必然だったのかと思って苦笑した。 美希はリングを指にちょこんとひっかけ全体を見る。 魅力的な笑顔でありがとうとほんとに嬉しそうに言うから、私は素直によかったと思った。 「こっちは、紙だよね?……何か書いてある」 かさかさと小さい紙が開かれていく。 「うそ……」 美希が目を見開いて書かれた文字を読んでいくのを私は不思議な気持ちで眺めていた。 首にかけた指輪も手紙に書かれた言葉も気持ちを伝えるのには曖昧で、完璧には程遠い。 「うっ、ひく、うわーん」 「どうして泣くのよ!」 「ぐすっ、嬉しいからよ」 悲しいときも泣くくせに、嬉しいときまで泣くなんて……。 私はそっと手を伸ばし美希の涙を拭う。 沢山の人を傷つけたこの汚れた手でも、美希はいつも優しく握って綺麗だねと言ってくれた。 改めて私は彼女から沢山のモノを貰うばかりだったことに気づく。朱い太陽の下で話をして、蒼い空の下を散歩する。 穏やかな毎日も、楽しい出来事ももたらしてくれたのは美希だから。 美希以上にこの関係を利用していた、私からのはじめてのプレゼント。 「私は今幸せだから」 緊張しながら口にした言葉は、紙を胸に抱いてぼろぼろと涙を流している彼女に聞こえただろうか。 END おまけ 「イース、僕が提案したラブレターはどうだった?」 「俺のテレビで見た雪だるま作戦もよかっただろ?」 次の日、リビングで顔を合わせた同居人たちはにやにやと笑いながらイースを問い詰める。 ソファで本を読んでいたイースはちらっと二人を見ると、がばっと服を胸元までさげた。 「とっても役に立ったわ」 キスマークが尋常なほど散らばる肌を見て囃し立てようとした二人は、イースの顔を見て息をのんだ。 いつもの何倍も人を見下すような冷たい顔をしている。 「上手くいったんだよ……な」 「ええ、あなたたちのおかげで発情したメス猫の相手をしただけよ」
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裏返しに並べられた百枚の読み札が部屋に散らばる。囲むのは、ラブと美希と祈里の三人。 ドキドキしながら一人づつめくっていく。 「よしっと。次はラブの番よ」 「よーし……て。えぇーーボウズが出ちゃった。とほほ……」 「わたしの番ね。やった! 姫よ。もらっちゃうね!」 「勝負有りね。でも、ほんとせつな遅いわね。どこまで行ってるのかしら?」 噂をすれば影。階段を勢いよく駆け上がる足音が響く。 何かあったのだろうか? せつながこんな風に慌てることは滅多になかった。 「みんな! 手を貸して欲しいの。凧揚げをするわよ!!」 『えぇ~~!!』 騒動は、突然にやってきた。 『帰ってきたせっちゃん(第十七話)――ある日のせっちゃん。天まで上がれ!(前編)――』 のどかなお正月の昼下がり。 ラブの部屋に集まるのはいつもの四人。カードを囲んで真剣な表情で向かい合う。 歌かるたの散らし取り。百人一種の代表的な遊び方だ。 読み手のラブが読み札を切る。その順に和歌を読み始める。 「むらさめの~」 む、の時点で下の句のカードを探し始める祈里。 五文字目で思いついて探しだす美希。 一番遅れて歌を判別するせつな。 『はいっ!』 三人の手が同時に重なる。上から順に祈里、美希、せつな。 そして取り終える百枚の札。 戦果はせつなが四十枚。美希が三十二枚、祈里が二十八枚だった。 「参りました。もう、せつなには敵いそうもないわね」 「せつなちゃん凄い。こんなに早く百種全部覚えちゃうなんて」 「やっとよ。ブッキーなんて読む前から探し始めてるじゃない」 始めのうちは、下の句まで読んでからしか探せなかったせつなが一番弱かった。 しかし、驚くほどの勢いで記憶していく。 数順目には覚えきってしまい、圧倒的な強さを見せつけた。ラブはともかく、美希や祈里はもちろん暗記 している。 そしてせつなには、まだ一字覚えや二字覚えなんて知識はない。 そのハンデを跳ね返すのが、視力と反射神経、そして記憶力だった。 下の句が配置されてる位置を全て把握してしまう。探し始めるのが一歩遅れても、手が最短距離で札を奪 うのだ。 コンコン 部屋のドアが控えめにノックされる。あゆみが差し入れにきたのだ。 トレイに乗っているのは、おせんべいと緑茶だけ。女の子のおやつには華やかさが足りない。 「ごめんなさいね、紅茶とお菓子を切らしちゃたの」 「おかまいなく、おばさん」 「わたしたち、毎日お邪魔しちゃってるから」 「たはは、せつなと食べ過ぎたよね」 「もう! 主に食べてるのはラブでしょ」 「スーパーなら開いてるわね、後で買い出しに行ってくるわ」 「おかあさん、それなら私が行きます」 せつなはスッと立ち上がり、自分の部屋に上着を取りに行く。 一緒に行くと言った、ラブたちの申し出をやんわりと断る。少し外の空気を吸いたくなっただけ、すぐ帰 るからと。 ラブたちは、せつなが帰るまでボウズめくりをしながら待つことにした。 せつなは一人、お正月の人通りの少ない商店街を歩く。 冷たい風が、暖房で火照った体に心地良かった。澄んだ美味しい空気を胸いっぱいに吸い込む。 始めてのお正月。そして、大切な家族や仲間とずっと一緒にいられる時間。楽しくて、嬉しくて、心は弾 みっぱなしだ。 百人一首も楽しかった。いくつかは学校で習ったものもあったけど、新しい歌もたくさん覚えることがで きた。 最初は全然取れなかった札が、見る見るうちに自分の手元に集まっていくのも面白かった。 でも、夢中になるのはここまでかなって、そう感じてもいた。 これ以上やれば、どんどん差は開いていくばかりだろう。結果の見えているゲームでは楽しさは半減して しまう。 みんなの笑顔を曇らせないためにも、ここからは手加減が必要になるかもしれない。 一枚取るたびに大喜びしているラブが、少しだけうらやましいと思った。 競技と呼ばれるものですら、その本当の喜びは勝利することではないのではないか? せつなはこの世界に来て、強くそれを感じるようになっていた。 カルタに限った話ではない。学校の勉強も、スポーツも同じ。せつなにとっては、全力で取り組み、本領 を発揮できる場ではなかった。 やりすぎれば目立ってしまう。それがいけないことではないのだけど……。 せつなは、称賛されることも、嫉妬されることも、そのどちらも好きではなかった。 ぼんやり考えながら歩いていたら、お目当てのスーパーに着いた。メモを見ながらお菓子を購入して、こ れでおつかい終了だ。 帰り道で駄菓子屋のおばあさんとすれ違った。 「おや、せつなちゃん。正月早々おつかいかい?」 「はい、お茶菓子を切らしてしまって」 「フン、感心しないねえ。正月の三が日からお店開けてちゃ、風情もへったくれもありゃしない」 「すみません。お店が開いたら駄菓子屋さんにもお邪魔します」 「そうじゃないんだよ。だけど、つまらない世の中になっちまったね」 「どうかなさったんですか?」 せつなには、なんだかおばあさんの元気がないように見えた。気になって少しお話がしたくなった。 おばあさんも愚痴の相手が欲しかったのだろう。お店の裏口を開けて、お茶を入れてくれた。 話し相手ができて嬉しいのか、いくらか機嫌も良くなって昔話を始める。 「昔はこの辺りは四ツ葉町商店街なんて呼ばれててね、そりゃあ趣のある人情溢れる町だったよ」 「私には、今でも幸せの集まる素晴らしい街に思えます」 「無論、悪くはないさね。でも、お正月だって昔に比べたら随分味気なくなったもんだよ」 お正月でも休まないお店ができて、お正月の準備がどんどん質素になっていったこと。 洋服が普及して、手間のかかる着物姿で出かける人がとても少なくなったこと。 テレビゲームの流行と共に、外で元気よく遊ぶ子がいなくなってしまったこと。 「お正月といえば男の子は凧揚げ、女の子は羽子板で遊んだものさ。どっちも見なくなっちまってね」 「羽子板は昨日やりました。凧揚げって何ですか?」 「そうか、ついに知らない子まで現れたのかい。興味あるなら凧職人を紹介してあげるよ」 おばあさんは返事も聞かずに立ち上がろうとする。言葉とは裏腹に、会わせたがっているように感じられ た。 せつなは会ってみることにした。 おばあさんに連れられてやってきたのは、通りから少し奥に入ったところにある木造の古い家屋だった。 外見は普通の住宅。でも、一歩敷居をまたげば、そこは本格的な工房だった。 「凧じじい、お客を連れてきてやったよ。顔くらい見せたらどうだい」 「凧じじいはやめろ。もう凧なんて何年も作ってねえや、梅干ばばあ」 「ふん、梅干はお互い様さね」 「あの、初めまして。東 せつなと申します。凧を見せて頂きたくて」 「奥の部屋にあるのがみんなそうだ。好きなだけ見ていきな」 おじいさんはこちらも見ずにそう言った。あまりの無愛想っぷりに、駄菓子屋のおばあさんまで腹を立て る。 だけど、せつなにはぶっきらぼうな態度の中にも、温かさのようなものを感じ取っていた。 クリスマス以来、おじいさんがとても好きになっていた。いや、お年寄りの人間としての深みに、とても 関心を持っていたのだ。 工房を通り抜け、言われた部屋に足を進める。そして――――息を呑んだ。 そこにはおびただしい数の凧が保管されていた。それはまるで凧の博物館のようであった。 形も色々だが、大きさも様々だ。ノートくらいの小さなものから、全長が四メートルを超えるほどの大凧 まであった。 描かれている絵も素晴らしかった。十二支に浮世絵、昆虫や魚を形取ったもの。そして、一番目を引いた のが、大凧に描かれた勇ましい鎧武者。 絵の良し悪しなんてわからないせつなにも、その迫力には心を揺さぶられた。 「凄い……」 「そうかい? 頭の固いじじいでね。装飾品としてなら今でも買い手がつくのに、頑として売ろうとしない のさ」 「どうしてですか? こんなに綺麗なのに」 「凧は飛ばしてこそ凧だってね。今では作るのも辞めちまって、扇子作りで食いつないでるのさ」 「その扇子もすっかり売れなくなっちまったがな」 おじいさんが手を休めて様子を見に来てくれた。何のかんの言っても気にはなっていたらしい。 「扇子だって美術用途なら売れるだろうに、タコ作ってた割には頭の固いじじいだよ」 「そっちのタコとは違うんじゃ……」 「違わねえよ。ひらひらした足をつけてたから、その昔は関西でイカなんて呼ばれててな。粋な江戸っ子が 張り合ってタコと名付けたのが由来よ」 「その割には骨がありますね」 せつなは竹で作られた凧の骨組みに目を奪われていた。見事なまでに強度を計算して張り巡らされている。 この骨組みこそ、凧の出来の要だと思えた。大真面目の指摘なのだが、おじいさんは大笑いした。 「くっくっくっ、こりゃあ一本取られた。面白いお嬢ちゃんだな。気に入った、何でも聞きな」 おじいさんの家は代々、凧職人であったらしい。父親から技術を学んだのだが、その修行は熾烈を極めた ものだった。 下図が描けるようになるまで十年、骨を削れるようになるまで、また十年。 父親で師匠だった人の教え。「迷わず、一心に数をこなせ。後は指が教えてくれる」 その教えを守り、死に物狂いで凧作りの技術を身に付けた。 そこまでして一人前になっても、家族を養っていけるほどの収入があるわけではない。 どんなに精巧に作っても、目的は子供の遊び道具だ。そんなに高い値段が付けられるわけではない。食い つなぐには副業をこなす必要があった。 それでも、おじいさんは凧作りに誇りを持っていた。 クローバータウンが四ツ葉町と呼ばれていた頃、正月に限らず、冬にはあちこちで凧が揚がっていたもの だった。 シーズン中は修理に追われ、それ以外の季節は冬に備えて作り貯める。 全ては子供たちの笑顔のため。貧しくても充実していた日々だったという。 「ところが近頃ときたら、凧揚げどころか凧を知らない子供までいる始末でな」 「…………すみませんでした」 「今じゃ伝統工芸とか言っては、金持ちが道楽で買い求めるくらいでな。そんなもんのために作ってるんじ ゃねえやな」 高額で買い取るとの申し出もあったらしい。おじいさんはその全てを断ってきた。 凧作りを神棚に上げるつもりはない。凧揚げは庶民の遊び。時代と共に必要とされなくなるのなら、失わ れるのも運命だと。 副業で続けていた扇子作りも、もう採算が合わなくなってきているらしい。何より凧作りを辞めてしまっ たことで、創作意欲が失われてしまっていた。 だから、今年の冬が過ぎたら工房をたたむのだとか。 おどけた口調で話してはいたものの、その表情はとても寂しそうだった。 このままではいけないと思った。 子供たちの笑顔のために頑張ってきた、おじいさんの幸せが失われてしまう。 そして、おじいさんの手で笑顔になれるはずの、子供たちの幸せも失われてしまうのだ。 「お願いがあります! 私に凧を作ってもらえませんか? お年玉と、お小遣いも少しは貯まっています」 「気持ちは嬉しいが、俺はもう凧作りは辞めたんだ。金なんて要らねえから、ここにあるのを好きなだけ持 って行きな」 「どうしても――――作ってほしいんです」 「駄目だ! 俺は頭が固いんでな、作らねえと決めたら二度と作らねえ」 そこから先は意地の張り合いだった。せつなはあきらめようとせず、おじいさんも頑として譲らない。 せつなは最後の賭けに出た。この工房にある中で一番揚げるのが難しい凧。つまり、大凧をせつな一人で 空に揚げることができたら作ってもらうと。 そんなこと出来る訳がない。あきらめさせるにはいい方法だと、おじいさんも約束してくれた。 持ち帰ることができるような大きさではない。後で友達を連れて取りに来るからと約束して、ひとまず引 き上げることにした。 「すまなかったね、せつなちゃん。大変な約束をさせちまって」 「いえ、興味があるのは本当です。あれが空に揚がるところを見てみたいわ」 予想を超えた展開に、おばあさんは戸惑っていた。子供好きな人だから、若い子とお話するだけで気分が 晴れるんじゃないかと期待しただけだった。 せつなもそれは感じていた。おばあさんの様子がおかしかった理由が、あのおじいさんのことだってこと を。 おばあさんは、ラブのおじいさんの源さんって方とも仲が良かったらしい。また一人、四ツ葉町から職人 が消えていくのが寂しかったのだろう。 せつなには、その気持ちの全てが理解できるわけではない。 せつなはクローバータウンが好きだ。友達と遊ぶゲームだって楽しいと思うし、機能的で扱いやすい洋服 だって大好きだ。 だけど、そのために古き伝統が失われていいとも思わない。晴れの日には着物も着たいと思うし、羽子板 やかるただって凄く楽しいと思う。 一つはっきりしているのは、幸せは輪だってこと。それを広げていくことが大切なんだってこと。 おじいさんは今、その輪から外れようとしている。 だから――――凧を揚げるのだ。 輪の中に居る――――みんなのためにも。外れつつある――――おじいさんのためにも。 せつなはおばあさんと別れ、家に向かって走りだした。 避2-534へ